長野県東部、上田市から西方約12kmに位置する青木村は三方を山に囲まれた山村で南に夫神岳(おかみだけ)、北に子檀嶺岳(こまゆみだけ)、西に十観山(じゅっかんざん)と1200mクラスの山がそびえ、地元では青木三山として親しまれている。また江戸時代には「夕立と騒動は青木から」といわれたほど何度も百姓一揆が起こった村で、己の死を覚悟で圧制や不正と戦い正義を貫いた彼らを義民として称え、義民太鼓が創設された村でもあります。
そんな歴史をもつ青木村の山間にあるこぢんまりとした温泉地の田沢温泉。開湯は飛鳥時代とされ、石畳の通りに3軒の宿と1軒の外湯がある。なかでも木造三階建ての三棟が連なる威容を誇る佇まいの「ますや旅館」は明治後期から大正にかけて造られた高楼で当時としては見上げるばかりの高さだったという。この宿は信州出身の詩人島崎藤村もしばし逗留し、「千曲川のスケッチ」という作品では当館のことも記している。
木彫りの年季のはいった看板、
玄関のレトロな温泉協会の看板や昔の電話番号表札などのイカしたグラフィックに釘付けにされる
部屋に案内され趣きある館内を進む。湯情を盛り立てるこのロケーションに目がハートに。ますや旅館さんは、家出する専業主婦に扮する松坂慶子が卓球を通して寂れた温泉地を復興させるまでを描いたコメディ映画「卓球温泉」(1998年)のロケ場所にもなっている。
宿泊した2階五十八番の間は二間続きの書院造りのお部屋。
床の間には打ち出の小槌を頭に乗っけ、袋の上でゴキゲンなポーズをとる大黒様が鎮座
付け書院の凝った意匠の組子障子
部屋の障子を開けると素通し硝子が付いた回廊になっている。
硝子窓のレトロなネジ締まり錠。全てがレトロでシビレます。
ますや旅館さんの大浴場へは行燈が灯る傾斜のついた渡り廊下を進んだ先にある
男女別の浴場は明治や大正に建てられた宿のイメージとは違い、近代的なタイル張りの浴場。右寄せに黒御影石で縁どりされた5・6人サイズの浴槽があり、正面に大窓が取られた湯殿。その大窓の外は露天風呂となっている。38℃前後のぬる湯でスベスベとしたやさしい湯触りで飲泉すると仄かな玉子臭とあと味に少し苦みを感じるアルカリ性の単純硫黄泉。ぬる湯にゆ~っくり浸かることで血圧の急上昇がなく、発汗作用も少ないため心臓への負担もかからない。さらにイライラを鎮め、リラックスモードへと誘う理想ともいえる湯浴みが堪能できます。嗚呼、まったり~・・・
湯口の石樋には石灰質がこびり付き、湯中には小さな石鹸カスのような湯の花が舞う
露天は竹塀で囲われた石造りの5・6人サイズの湯壺。内湯よりもさらにぬる湯です。宿泊時の3月の冷やかな風を受けると湯から出られなくなるので、露天でも必然と長湯になりました。
浴舎付近の廊下の窓越しからみた「ドン、ドン、ドーン!」と木造三階建ての楼閣が三棟が連なる美しい立ち姿。国有形文化財に指定されている老舗宿の続きは次回へ。では皆さん、健康で素敵な湯巡りを。(訪2018年3月)
※お知らせです。(株)商船三井さんが運営するWebマガジンで「フェリーで行く湯巡画報」と題して連載をさせていただいてます。よろしければご覧ください。https://www.mol.co.jp/casualcruise-sunflower/