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執筆者の写真きい

阿曽原温泉 阿曽原温泉小屋(富山県)後編 p.54


前項に引き続き温泉トレッキングの模様の後編をお送りします。雨の中、濡れ鼠となり阿曽原温泉小屋に辿り着いた。阿曽原温泉小屋は毎年7月から10月までの登山シーズンのみ営業の山小屋。黒部峡谷の核心部、下ノ廊下(旧日電歩道)を通る登山道の唯一の山小屋は温泉の管理も担っている。


小屋は古いコンクリート基礎の上に建てられたプレハブ造り佇まい。この辺りは豪雪地帯で雪崩の巣窟らしく恒常的な建物を建てられず毎年10月末の営業終了と共に建物も解体され翌年の7月中旬に再び組み建てられる。



テン場で荷を解きクタクタの身体に鞭打ってテントを設営し阿曽原の湯壺に向かった

小屋から5分ほど下った場所に阿曽原の湯壺がある。10人サイズのコンクリート造りの湯壺。無色透明な湯は適温よりやや温めでクセのないやさしい浴感はクタクタの身体にはありがたい。湯は奥に建つトンネル内に湧き出す湯を太いゴム管で引いている。


湯壺では雨の中、阿曽原に辿り着いた山男たちと色んな山岳温泉のはなしで盛り上がった

この湯は仙人ダム建設のために資材運搬用のトロッコ軌道トンネルが掘削された際、阿曽原谷付近で160℃を超える熱い岩盤に当たり工事が難航し多くの殉職者をだした。この区間は「高熱隧道」と呼ばれ吉田昭の長編小説でも書かれた。阿曽原の源泉はこの隧道(トンネル)と繋っている。写真右奥のシートが架かるのがトンネルの坑口。中はスチームサウナ状態で脱衣場としても利用される。

テントの中でレトルトのパスタを作り、持参した赤ワインを4・5杯ほど飲んで眠りについた。降っていた雨は夜8時頃から強く降りだし、テントに叩きつける雨音はショパンの調べならぬデスメタルといったところ。


翌朝、雨の中テントを撤収し欅平に向けて出発する。(5:40)ここからの道は「水平歩道」と名前が変わるがオシッコちびりそうな剣呑な道は続く。ワイヤーのかかる崖っぷちの道の上からも雨で増水した水が容赦なく滝の如く叩きつける。高度感に欠ける写真だが下は絶壁の崖で落ちたら間違いなくアウト。


前夜で食料は減ったものの、水を含んだテントのせいでザックの重さはあまり変わらなかった。スタートから1時間半ほどで増水した折尾(おりお)の滝を目にする。滝の手前を飛び石で渡るのだが増水で飛び石が底石になっていた。身体が流されそうになりながら慎重に渡渉した。濡れ鼠でモチベーションが上がらず、さらにヘッデン(ヘッドライト)が必要な志合谷のトンネル内も水溜まりがひどく深いところで30㎝ほどの深さがあった。

この日は4時間50分、約12kmのトレッキングをこなし、服を着たまま水に飛び込んだような状態で欅平に辿り着いた。(10:30)その後、宿泊予約していた黒薙温泉へトロッコ列車で移動した。


黒薙温泉は黒薙駅から左に伸びる急登階段を登り(写真↑)600mほどの上り下りの山道を歩いて辿り着くのだがこの日はなんと3日前に上陸した台風の影響で黒薙温泉までの道が倒木のため不通となった。


そのため黒薙駅から黒薙第二発電所へ枝分かれする一般人は決して通行が出来ないトンネルの線路上を歩いて黒薙温泉に向うこととなった(写真↑)この線路は黒薙温泉へ食材や物資を運ぶためにも使われており、この日は特別に宿のスタッフが必ず付き添いのもと宿泊客の送り迎えが可能となったそうです。駅員が宿に連絡して数分後、暗いトンネル内からフェードインで宿のスタッフが現れ迎えにやってきた。


(黒薙温泉は本ホームページの9項前でも紹介し、同年2016年7月に日帰り入浴で訪れましたのでそちらもご参照下さい。)宿に到着し部屋に案内してもらったのち内湯に直行。濡れ鼠山行のあとの湯はまた格別。「嗚呼~、いきかえる~、し~や~わ~せぇ~」湯上りには濡れたテントやレインウエアなど指定された場所に干させてもらえたのは大変ありがたかった。その後、夕食まで少し時間があったので名物の「大露天風呂」に向かおうとした時、受付で衝撃的事実を知らされた。なんと大露天風呂に熊出没で入れないとのこと。黒薙温泉に来てあの大露天風呂に入れないというのは、クリープを入れないコーヒーを飲まされるようなもの。とほほ~

少しすると地元の猟友会が登場、空砲4発を撃つ音が聞こえた。


致し方なく夜の宴を楽しむことにした。黒薙温泉の料理は一品一品、丁寧に作られている。塩漬け保存しているこごみの胡麻和え、うど皮のきんぴら、岩魚の焼き物、そして富山ならではの昆布〆の刺身など、山・川・海の幸が出される。昆布〆の刺身は昆布からも魚からも旨みが溶け出し歯触りといい軽い粘り気といいあまりの美味しさに感動。


ご褒美に岩魚の骨酒、いっちゃいました


日帰り入浴では入れなかったもうひとつの女性専用露天風呂「天女の湯」に男女入れ替えで入った。「大露天風呂」ほど大きくはないがこちらの眺めもとてもグー。


対岸に源泉の煙が上がり吊り橋で渡されたパイプで湯が引かれ、さらに麓の宇奈月温泉にも引湯されるほどの豊富な湯量。やさしい浴感はクタクタの身体にはドンピシャ。英気を養うにはアホ面で湯に浸かり、浴衣着で畳のうえでゴロゴロ、上げ膳据え膳のもてなしに限る。


翌朝、熊が去ったということで朝食後、「大露天風呂」に入ることができた(写真↑)話によると先に浸かっていた男性が後ろのほうから何か鳴き声が聞こえたので振り返るとなんと写真左上の石垣の先端に子熊を発見。驚いて男性が周りを見渡すと川の対岸に母熊ともう一匹の子熊が石垣にいる子熊を見ていたそうな。降り続いた雨のせいで川が増水し流れが速く母熊のいる方へ渡れないでいた子熊だったとの事。前日の空砲音は子熊を向こう岸に追いやるためだったようです。翌朝、川の増水も納まり子熊はなんとか母熊のもとへ渡りきり三匹の熊は対岸の崖を猛ダッシュで駆け登っていったようです。


帰りは宿のスタッフ付き添いのもと宿泊客全員仲良くトンネル内をてくてく歩いて黒薙駅に向かった


気分はインディージョーンズ。秘湯宿ならではのハプニング続出の宿泊だったが、またとない機会を体験できた


トロッコ列車で宇奈月駅に到着すると黒部峡谷鉄道員のゆるキャラの「でんちゃー」に遭遇。一緒に記念撮影した

歩いて浸かった3日間。笑いあり、涙あり?ハプニングありの珍道中はステキな思い出となりました。では皆さん、健康で素敵な湯巡りを。

※このトレッキングはしっかりとした登山装備が必要です。かなりのロングコースで危険箇所も多く登山経験の浅い方にはおすすめできません。下ノ廊下の通行可能時期は短く崩落事故などの影響で通行出来ない年もあります。利用の際は登山情報で通行の可否を確認する事。小屋に遅い時間に到着するのは小屋にとって大変迷惑な行為です。時間に余裕をもった登山計画をたててください。

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